ネコロジーラボ

シニカルで愉快な猫族との関わりを綴ります

なっちゃんの今生最後の日 

2016/07/24
Sun. 23:30

4ヶ月前の2016年3月24日 am1:30。

この日、なっちゃんが今生を終えて、
私たちの毎日は一変しました。

この時はまさか。この絶望的な出来事が、
新たな幕開けだとは、思いもしませんでした。



この4ヶ月に起きた、

やたら、悲しいこと。
やたら、怖いけど嬉しいこと。


小さな世界で生きている私にとっては、
ハリケーンのような凄まじいエネルギーを撒き散らす事ばかりで、
まだまだまだ、消化できず、
少しづつでも前に進もうと、やる気スイッチを押そうとごそごそ探しても、
まずは、彼女の死について書かねばならぬと思うと、
なかなか筆が進みませんでした。

けどきっと、吐き出さないと、前進出来ないかもしれない。
それに何よりも、
彼女がいかに素晴らしい意思を持ち、たくさんの足跡を残していったか、
猫がいかに優れた生き物なのかを綴りたいと思います。


今日はなっちゃんの最後を書き記しています。
ずいぶん長く、ずいぶん重たい内容になってしまいました。
どうか、苦手な方は読み飛ばしてくださいませ。




彼女がこんなに早く死んでしまうなんて、思いもしなかった。
あと20年は余裕だって、
年齢順に見送っていくのだって、勝手に決めていた私たちにとって、
受け入れがたい現実でした。



病気が発覚して1ヶ月半。
だいたい2時間おきに彼女のお世話をしました。

なっちゃんは私の執拗なお世話にぶすくれつつも、
「しょーがないですねぇ。ちょっとだけですよ!」って言いながら、
大人の態度で付き合ってくれました。

たったの5年半しか生きていないのに、
彼女はひろとの教えを守り、ダメな飼い主である私の面倒を見てくれたのです。



彼女は亡くなる3日前まで、他の猫と眠りました。

ある時は、

いちばんの大仕事。カリスマ美容師なつ

ある時は、

不器用なにーちゃんを牽制するなつ

ある時は、

ふだん無下にしているおじさんへ、大サービスするなつ 笑


闘病中ながら、楽しく過ごしていたと思います。
きっと、「なな、ヒドいんですよ~!」って猫たちに愚痴っていたはずです 笑



亡くなる3日前から、徐々に衰弱が進み、

2階に上がるのも億劫になっていき、ひとりで眠るようになりました。


けれど私は、美しい容姿を保つなっちゃんを見る限り、
まだまだ時間があるって思っていました。


看病中のひと月半、結果的に9つの病院を巡り、
ヒトの漢方薬局を訪ね、サプリを取り寄せ、あちこちから情報を集め、
夫からは「勝手になっちゃん医療チームを編成してるからな~」と言われ笑い、
ずいぶん冷静に、彼女が生きる道を模索しました。


だって。生きないはずがないって、
なっちゃんはあと、20年は余裕で生きるんだって、思い込んでいたから。


しかし、亡くなる当時の午前中。
私は初めて半狂乱になりました。
あちこちに、すがる思いで電話をしました。
不安を撒き散らす結果となり、申し訳なかったのですが、
ずいぶん励まして貰いました。

彼女の前では悲痛な顔を見せていないつもりでしたが、
なっちゃんはお見通しだったと思います。



夜の21時頃。
すでになっちゃんは、みんなで食卓を囲む事はありませんでしたが、
他の猫たちは晩御飯を食べ、それぞれ眠る準備をしていました。

夕方から急激によたつくようになっていましたが、
ソファにいるタオの元に、なっちゃんは自力で登りました。

ほんの数分、一緒に横になり、タオは静かに他の場所に行ってしまいました。
その背中を、なっちゃんはブスくれたカオをして見ていました。

次はよたつきながらも、猫コタツにいるヒロトの元へ行きました。

またほんの数分で、ひろとがブスッとしたカオで、コタツから出てきました。

間も無くなっちゃんもコタツから出てきて、
休み休み、一歩づつ、階段を3段登りました。

夫が寄り添い、なっちゃんは夫に何かを言っている様でした。


2階に上がりたい様ですが、チカラが出ません。



しばらくの間、なっちゃんは1階で寝ていたので、
私もすぐ起きられるようにそうしていましたが、
じゃあ今日は2階でみんなで寝よっか!と、寝室に水やトイレ、
寝室では棚上がお気に入りの彼女でしたが、この様子では登れないから、
床でも快適なよう猫ベッドを敷き詰め、万端にし、
彼女を抱きかかえ連れて行きました。


思い返せば、抱きかかえた彼女は、イヤな軽さでした。


まさか無茶しないだろうという予想を裏切り、
1mほどある棚( 彼女が不調になってから姫さまルームという名で広く開けていました)に
後ろ足を少々落っことしながらも、見事に飛び乗りました。


色んなモノを駆使して、階段を作り、
床にはトイレと、落っこちてしまった時用にクッションを敷き詰めました。


そして、なっちゃんの歌を歌いながら、彼女を撫でました。
具合はあまり良くなさそうだったけれど、彼女は気持ちよさそうにしてくれました。

私は一度横になったけれど、やっぱり彼女が気になって再び起き上がり、


「また明日ね、おやすみなっさい~っ♪」


コレが最後の会話になるなんて思いもしませんでした。


今度こそ横になった私は、彼女の症状を頭の中でまとめ、
下半身に神経症状が出てるなって、
じゃ、朝イチであそことあそこに電話しよう、
栄養補給の方法も、鼻チューブかな…やるしかないなって、
作戦を立て、うつらうつらしました。

その30分後。


小さな悲鳴が3回聞こえました。

寝ぼけつつも夫と共に飛び起き、なっちゃんに近付こうとした瞬間、

棚から彼女は、トイレに落下していきました。


少々大きめのトイレで、彼女はぴったりサイズで収まり、
真っさらな砂の上で、軽い痙攣を起こしていました。


ほんの3分ほどだったと思います。


痙攣が治りつつあったので、持ち直すと思いました。



ところが、少し苦しそうな一声をあげ、

彼女の魂のようなモノが、肉体から離れていくのを感じました。

やがて呼吸が少しづつ止まり、
それから数十秒、心臓は大きく脈打っていましたが、

ついに
鼓動が止まりました。





何か突発的な事が起きたんだ。

私はただ、そうとだけ、思いました。





それから私は、鬼のように泣きました。


いつの間にか、外が明るくなってきました。



そして、ブログを書きました。




夫はチカラを振り絞って、仕事に行きました。

すごく偉かったよ。




彼が出かけた後も、私は状況がイマイチ飲み込めず、

ひたすら泣きました。叫ぶに近かったかもしれません。

ちっとも理性か働かず、時間の感覚がなかった事は覚えています。


猫はこれまでも見送ってきたのに。

大事なヒトだって見送ってきたのに。


今まで生きてきて、こんなに泣いた事はなかったと思います。




混乱しつつも、

なっちゃんが前の晩、ひろととタオに何か挨拶をしていった事に気付きました。
それに対し、ひろともタオも、
「聞きたくないよ」って返してしまったのだと思います。

おそらく、夫と私にも言ったはずなのに、
鈍い私たちは、また明日ね!と返し、会話が成り立たず、
きっと彼女は、「まったくもう(怒)」って言っていたに違いないです。


小さなトイレで、どこも汚さずに、
こじんまり、すぱっと潔く、今生に別れを告げ、

そして、
「松っちゃんとくうちゃんには、何か言い遺したのだろうか…?」と疑問符が飛び、
そんな、ちょっとクスッとしちゃう感じも、




あまりにもなっちゃんらしい、最後だったのです。





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近況報告 

2016/07/12
Tue. 13:36

ずいぶんご無沙汰をしてしまい、申し訳ありません。


なっちゃんを見送って、ぱぴゅーんと3ヶ月も経ってしまいました。
体感では1週間なんですけども。


彼女にいただいたコメント、メール、電話をくださった方々、
訪ねてくださった方々、お花を送ってくださった方々。
なっちゃんのかわいらしさをもってしては当然か~♪と浮かれつつも、
驚くほどたくさんおいででした。
えーっと。私が逝くときよりも盛大だったのでは…。


逆の立場だったなら。
きっと私には、こんなにも寄り添った言葉はかけられなかったと思います。

胸打たれました。
励まされました。

心から感謝しています。



彼女を見送って、私も夫も、世界が真っ暗になってしまいました。
こんなにも猫にまみれた生活を送っているのに、なっちゃんの存在は唯一無二で、
時間、時間に身を委ねるのだ!と言い聞かせ、えっちらおっちら日常をやり過ごしても、
どうしようもない喪失感に襲われ、彼女の思い出に心を鷲掴みにされ、
ふたりとも鬼気迫るものがありました。

そんな情けないニンゲンたちを、ひろとをはじめうちの猫どもは、
時に猫会議を開きながら、どっしり支えてくれました。
猫なのに…大変な苦労を背負わせてしまい、
ありがとうと同時に、ごめんと謝る日々を送っていましたが、



間の悪い私たちには起こりえないような、
「怖いけど素晴らしい」事が起きました。


猫の計らいを感じました。

私たちの世界にふたたび、光りが差し始めました。



きちんとケジメをつけるためにも、
これから、そんなこんなを少しづつ、綴っていこうと思います。

不定期になるかと思いますが、
お付き合いいただけると嬉しゅうございます。

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2016-07