ネコロジーラボ

シニカルで愉快な猫族との関わりを綴ります

教育方針 

2017/08/04
Fri. 00:26

去年の7月7日は、ひろとが逝ってしまった日。
一年とちょっとがすぎたけど、少なくても日に一度は喪失感に鷲掴みにされ、
未だに胸がえぐられるように痛くって、正面から向き合うのが怖い。
なぜか右脇腹がごっそり欠けてしまった感覚がある。

彼女が旅立って、一年が過ぎたつい先日。
初めて夢で彼女に会えた。


夢特有のめちゃくちゃな世界だったけど、
とにかく、

私はまだ妊娠中で、お腹にいるヒトなつを、
私にかわってひろとが産んでくれる、という夢を見た。
代理猫!

夢の中のひろとは、まったく 手がかかるなぁ、とぼやき、
しょうがないからかわりに産んであげるから、と言うのを
私はそんなことは出来ないと答えつつも、いくらか心がぐらついた笑


私は本音を言えば、自分で産むよりも、出来ることなら拾いたかった…。
どうも私はあまり血にはこだわらない節があり、多分その辺りが生き物として変で淘汰されるべき遺伝子なのかもしれないけど、自分で産みたいと思ったことが無かった…。それにせっかくの血縁なのに ヒトなつは誰にも似ていないけどそのことも楽しいし、ヒトなつは多分猫なっちゃんに一番似ている気がしてすごく嬉しい。
もしもこんな可愛い存在を産まずして拾えるなら。ラッキーだ!!!
そりゃぁ余っていなければ拾いたかったなんて言ったら不謹慎だけども、ヒトでさえあぶれている現実があるわけで。
だって産むのは痛くてたいへんだし…。もうすぐ半年が過ぎるのに、内部の縫合痕が未だに痛む。この痛みは付き合っていくしかないのかしら。慣れるといいなぁ。


そんななので、ひろとがかわりに産んでくれる、という甘い夢は
私が彼女に、どれだけ寄りかかり甘えているのかを物語っていると思う。



死んで尚、寄りかかられる。
悪いねぇ。




私は過去に、いちばん信頼していい人に見捨てられたりしていて、

裏切りとかそういうもろもろは、一見悲しい出来事に見えるけど、


大好きな存在との別れ。

それが世の中でいちばん、悲しいことだと思います。



だから、ヒトなつが泣くと、

その悲しいは気のせいだ、本当に悲しいのは少ししかないよ!って、つい、話しかける。

はしょって「気のせい♪」と言うと、かなりの確率で彼女は泣き止みます。



ね。



楽しいことはいっぱいだ♪


あらあら、



みんな集まって来ちゃうね。


願わくばヒトなつが、些細な楽しいとかささやかな幸せを、
存分に感じ取れるヒトになってくれるといいなぁ。

猫なっちゃんと同じように。

ま、強制はしませんけどね。


あーあ。
ひろとに会いたいな。
松っちゃんにも会いたいな。

ヒトなつ!大きくなったらふたりを拾って来てね~!

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みるくもやってきた! 

2017/01/30
Mon. 19:17

ハナコがやって来て、またひと月半後の10月中旬。

私の母は膝の骨に問題が出てしまい、少しだけ歩行が困難です。
人工関節にするのは時間の問題なのですが、極力避けたい。
というわけで、折を見てネットで治療法を検索していたのですが、
ついに、見つけることが出来ました!

その治療法を試すには、安静が第一と指示があり、
ひと月以上、車椅子生活がベストとの事で、
むー。身重の私には実家まで通うのが困難。

ということで、みるくに環境の変化を我慢して貰い、
母とみるくにひと月、我が家に来てもらう事になりました。


17歳に近いみるく。(みるくについてはコチラ)

寝室で過ごして貰いましたが、予想通り、狼狽し、いじけてしまった。
ごはんも食べない。

ヤバい。寿命が縮んでしまう!!

私は、母の面倒は適当にして、全力でみるくをおだてまくりました。


その結果、1週間ほどで、






誰よりも、我が家をエンジョイ!



楽しむみるくに対し、更におだてまくり、



もっと褒め称えなさい、
と命令されるまでになりました 笑


離れて暮らすようになって、みるくは私を爪切りばばぁ来たー!と
逃げるようになっていましたが、
またみるくと仲良くなれて、私もほくほく♪


しかし、こんな時でも、この程度のおだてじゃ、
みるくは騙せても、ひろとは騙せなかったなぁ、と、
私の中ではひろと基準がある様で、彼女に想いが飛んでしまいます。


ひろとは、賢い分、手強かった。
誤魔化しや嘘が通じなかったから、いつだって体当たりでした。

彼女に鍛えられきたから、
猫様に尽くすのなんて、私にとっては息を吸うくらい簡単な事です。


私を育ててくれて、ありがとう。

ひろと。



こうして、みるくはすっかり気分を良くし、元気になった母と共に、実家に帰りました。

ところが…、実家には小さな猫デッキしかないから、
母に、


おかーさん、うちってビンボーなんだね~、と、文句たらたらだそうです 笑

めでたしめでたし♪

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20年間、いちばん恐れていたこと。 

2017/01/24
Tue. 14:50

イイ事(いやちょっとは怖い)もあったけど、最大の試練も続くのです。

ついに、このことを書かねばなりません。



2016年6月1日。
ひろとさんが膀胱炎になり、抗生剤で即日復活♪(良くなっても5日間飲ませています)
薬の反応がイイのは、お若い証拠だとニンマリしました。

6月12日。
この日私の妊娠が発覚しました。
逆算すると、なっちゃんが私の腹に入ったのは5月28日。


それから6月末まで、ひろとさんは膀胱炎を繰り返しましたが、その他はたいへんお元気で、
相変わらず私を(面倒くさそうに)気遣い、松に命令してヒトの面倒をみさせていました。
ご健在そのものだったのです。

その間、私は毎日毎日、
私のハラにいるなっちゃんの面倒を10歳まではよろしくね~、
と、無茶なお願いをし続けました。
長年ひろとに寄りかかって生きてきた私は、
子が産れるという試練も、ひろとに頼る気満々でした。
膀胱炎なんて初めてだったけれど、動きもイイしキレもある。
まだまだイケる!と信じ切っていました。


そして7月1日。
後脚のふらつきが始まりました。
関節炎も患っていましたから、体力がちょいと落ちてのふらつきだと思いました。
しっかり膀胱炎を治して、体力を復活させれば、また元気になるはず!

それから、日に日に、行動範囲が狭まり、寝ている時間が増えました。



松っちゃんが、ひろとに添い寝するようになりました。



私は、松に言われて初めて、

ひろと逝っちゃう気なんだと、気付きました。



松っちゃんの看護は、それはそれは献身的で、



ひろとに寄り添ったモノでした。



ほんのすこし、触れるだけ。
こうして1日の大半を、ふたりで過ごしていました。



7月5日まで、なんとか自力でトイレは行っていましたし、
液状のミルク(キドナ)はシリンジで召し上がっていましたが、


7月6日午後、ついに彼女は、自力で歩けなくなり、瞳孔が開き気味になりました。
なんとなく、肺に問題がありそうに見えたため、
辛抱たまらず最寄りの病院でエコーを撮ってもらうと、
(胸水だったら抜いて、ヤマをのりこえられるかも、と考えた為)
心臓に問題があり、僧帽弁閉鎖症だろうと診断されました。

年齢を考えると、何も対処が出来なかった。



そして7月7日。
私は今夜が山場だと肌で感じました。

母を呼び、21時が過ぎ、


呼吸が荒くなり始め、

ひろとは今、逝くつもりだって、はっきり解りました。



松、夫、母、私が囲み、

ひろとは、ひとりひとりの目をしっかり見て、

それぞれに、言葉をはっきりと、残していきました。



コレは亡くなる前日の写真ですが、逝く寸前まで同じように、しっかりした表情でした。




ひろとは私に、

もう大丈夫だよね?逝ってイイよね?

と、毅然とした態度で、言いました。




私は、

楽しかったね。何にも心配いらないからね。大丈夫だよ。

と、絞り出すように、何度も言いました。



どうしてこんなにはっきり、ひろとの言葉が解ってしまうんだろうか。

彼女は猫なのに。



この間、松はひろとの手に、おでこをつけていました。



ついに、ひろとの魂のようなモノが、肉体から離れてしまいました。

心臓が静かに鼓動を終え、コレが寿命という事なのか思いました。

安らかな最期でした。



事切れても、松はおでこを一層ぐりぐりと、ひろとの手に押し付け続け、

ひろとのカラダが、一瞬反応しました。


咄嗟に、松っちゃんもっとやって!と全員で応援し、

松はもっとぐりぐりしました。




けど、もう。



いっちゃった。




何もかもが、



カッコ良すぎたよ。ひろと。



松っちゃんも。カッコ良かったよ。


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3月になっちゃんを見送り、
4月が過ぎ、5月になりました。

ひろとさんはおそらく4月か5月生まれなので、

ついに、20歳を迎えました。


ひろとを尊敬している私の母が、生クリーム好きのひろとさんの為に、
ケーキを買ってくれてお祝いしました。



なぜか

なっちゃんの名前も。
おかーさん、欲張りすぎ。


ひろとさんは物事の理解度が高いので、自分の物は、

きちんと待つ。
逆に言えば、貰えない物は力技で奪う。(かなり強引)

こういう時、ひろとは自分の為のお祝いなんだって理解します。
人間が食卓を囲むのとなんら変わりなく、
わいわいおしゃべりしながら、楽しくお祝いしました。
いえ、付き合ってくれていた様な気もします 笑



誕生日なんてしたことがないのですけど、20歳のお祝いだけは、結婚式か!?ってほど
人間目線の勝手な感じで、ヒトを大勢呼び盛大にしたかったのですが…
こんな状況だったので達成できず、こじんまりとしたお誕生会になってしまいました。
が、お年頃のひろとさんにしてみれば、やかましくならず結果オーライだったことでしょう!


ともあれ、次は30歳だ!!!
むむ、その時は、皇帝のごとく高座を作って、
皆さんにはおずおずとかしずき、ご機嫌伺いしていただくスタイルで
厳かにお祝いしよう!と、意気込みました。



そうこうしているうちに、なっちゃんの四十九日が過ぎ、
それでも私は、突発的に喪失感に鷲掴みにされ、まだまだ泣いていました。
涙って、びゃっと吹き出ることもあるんですね。
じんわり出るもんだと思っていました。



それから。
自分の胸が異様に張り、痛みを伴う様になりました。

これは…。こんなに痛いんじゃ、生活が困難だ。
癌か妊娠しかない…。
しかし、生理予定日はまだ先。
うわー、私には愛猫を見送るという、生きていて一番大切なミッションがある!
ままままさか癌…だったらどうしよう!?



あー。
見事に妊娠していました。


私たち夫婦は、自分の子供は作らないつもりでいました。
生物的に間違っているかもしれないけど、欲しいと思いませんでした。
それよりも、自分の遺伝子が受け継がれる方が怖くって、
自分の子=怖い存在、と本気で思っていました。
けども世の中には犬猫同様、行き場のないヒトの命があって、
信頼できる大人にはなれるかもしれない、いや、なってみせる!と
ゆくゆくは、養子か里子を考えていました。
まぁ、これも、犬猫の保護活動と同じ想いから発生している妙な正義感なので、
間違っている様な気もするんですけどね。


しかし、まさかの妊娠。

パニックです。もう。

いい年した私に生殖能力があるわけない!と、
なかなか認めず、検査薬を3本使い、病院に行って妊娠ですと言われても認めず、
なんだか、ものすごく無駄遣いしてしまいました。(保険適用外で激高!)



だけど、ある時ふと。

なっちゃんが、こんなに早く帰ってきたんだって、自然と思えてしまって、

今まででっかく抱えてきた、自分の子=怖い存在 が、
自分の子=なっちゃん=世界一可愛い存在、にちょっぴり変換。


頑なだった私の価値観を覆す、恐るべしなっちゃんパワー。


ちなみに予定日は2月22日、です。



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ひろととの約束。  

2016/02/04
Thu. 06:22

各方面から、ノロけてまったくもー、と言われていますが、
今日も夫が登場します、すみません。

ひろとの逝き方について、私は心配です。

とにかく苦しまないで欲しくって、ぱたっと生き絶えて欲しい。


何かの折に、数人のヒトに話したことがありますが、
ちょっと前、ボランティアの先輩とお別れについて話していて、
私は何度聞いても、ボランティアの大先輩がみていた保護犬が、
元気にドッグランで遊んでいて、
駆け寄ってきたと思ったら、ぱたっと生き絶えた話。
コレを夢みてます!と言ったら、

お別れの時間がなくて寂しくない!?と言われ、

「いや、確かにそうですが、あっけない別れでいいんです。
私は来世、ひろとに飼ってもらう約束をしているので。」
と答えた。

それいーねぇ!と、げらげら笑われた。

電話で話していて、同じ部屋に夫がいました。

あ。夫に言うの忘れてたっけな…、今生の伴侶だし、
伝えておいたほうがいいかな…と気付き言うと、
「うん。知ってるよ。ひろとに言ってるじゃん」と、さらりと言われた。

ここで、私は夫にどう思って欲しかったのかよくわかりませんが、
あんまりさらっと言うもんだから、なんだか申し訳ない気持ちになり、
ひろとと松に、夫・私・なっちゃん・タオ を飼ってもらおう!と提案。

なんだか壮大なスケールの話しになってしまいました。おかしーな。

ま、当の本人は、

そんなウマくいかないんじゃない~?

と、言っています。

けど、約束ね。ねねね。


ダライ・ラマを敬愛していますが、信仰する宗教の無いわたくし。しかし…
今生、もっと猫助けすれば、ひょっとするとひょっとしちゃったりして。

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2017-11