ネコロジーラボ

シニカルで愉快な猫族との関わりを綴ります

タオとひろとと松 

2015/02/15
Sun. 06:24

昨日の続きです。4年半ほど前のお話。


タオは変わってた。
宇宙を感じるほどで、彼からカオスを感じました。常識は通じない感じ。

名前はいつもテキトーですが、
悪の道に走らぬよう願いを込めて、老子の「道」からつけさせてもらいました。

一瞬で付けたけど願いを込めたのは、はじめてだったなぁ。

変わってるってワタシも言われ続けてきたから、彼のキモチは解る。
彼にとってはごく普通の振る舞いでも、はみ出てしまう辛さ。
多数派か少数派か。どっちだってイイ。
変わりモノだからこそ出来ること、あるしね。

しかしまぁ

じっと狙いすぎる。ためることためること。
結果、コチラの肩がこる。
君の肩もガチガチにこっているに違いない。


耳が聴こえないから、呼んでも反応がない。
光と振動で振り向かせる。

ずいぶん調べて、白猫(シャムの青目以外の)ブルーアイは難聴リスクが高いそうな。

この時、遺伝の不思議に気付かされ、イロイロ調べた。
素人がブリーディングをしてはいけないって、憤慨したっけな。
小さくしすぎて骨が折れやすかったり、心臓疾患が宿命だったり、
帝王切開しないと産めないサイズだったり、
本来タレ耳は軟骨異常なのに、賭けで他所に出ないか産ませ、
結果、身体中に激痛が走る猫生が待っていたり、
突然変異種のニンゲンによる交配で、
健康面が配慮されていない純血種が、「カワイイ」と、市民権を得ていることを知った。

健康が約束されないブリーディングは、ヒトのエゴ以外の何物でもない。

その中でも自然発生種というモノを知り、健康的でイイなぁと思ったけれど、
ワタシは生きるのに必死な犬猫を、純血じゃなくても猫ってだけで可愛い子を
たくさん知っているから、その子達に申し訳が立たないから、容姿で差別は出来ないけれど、
どちらかというと純血種は人工的で不健康そうに見える。

こういう意見は、何千年も続いてきた種の存続論に発展するけれど、
余っている子をどうにかして、ブリーディングに取り組むべきという考えは、変わらなかった。
究極に丈夫な純血種を誕生させよう!とは誰も思わなかったのだろうか…。
耳をタレさせている場合じゃないぞ。ソレは奇形だってば。
この意見は、カワイイ純血種に対してではなく、ニンゲンの行為に対する意見です。
産まれてきた子に罪はない。けど、痛みを背負うのは犬猫だ。


おっほん、脇道。
オッドアイの場合は片耳が難聴、ということらしいけれど…
彼は両耳ともに、ほとんどの音が聞こえていない。
ほんの少し、ある一定の音は聞こえてる節がある。
最近気付いたけれど、携帯で話していると怪獣の声でがなりたてる。
???電波が聞こえるのかー?


おっとっと、また脇道。
当時のこと。
コレはたいへん普通の子猫らしく、
温和なひろとには飛びかかる。迫力満点の松には道を開けるww
てゆーか、松はワタシもビビる唸り方だった。こわー

けど1週間もすると、松は一瞬だけ、ウェットごはんでキバを引っ込めた。

タオはそっと物陰に隠れる分別を、持ち合わせていた。
けど

ちゃっかりもしていて、

なんとも

ひょうきんだった。

だから耳が聞こえない不憫さは少し脇に置いて、
特別扱いせずに、他の猫と同じように接することが、そこそこ出来たと思う。

タオはエライ。すごくエライ。

多分、

来た時にあった口元の傷は、猫にやられたモノ。
幸い治りかけだったけれど、深くえぐれていて今でもココは、禿げている。

タオのような難聴を抱えた猫。
車の音も聞こえない。猫社会性も遅れがち。
外では長生きできないだろうなぁ。


音の情報がないため、びっくりのポイントが他の猫と全く違う。
おそらく、目も少し悪い。どうもピントを合わせるのに時間がかかるみたいだ。
だから、驚かせないよう立ち振る舞いには そこそこ気を遣ったけれど、
家では危険がないのだから慣れてもらおうと、だいたいだった。
しかし、自然と身に付くようで、今は彼を驚かせることがずいぶん減った。
が、夫はまだ頻繁に驚かせているww がんばれ、夫。


苦労したのは叱り方。
低い叱り声で通用していたことが、通じない。

てことで、リアクションで驚かせる。
叩くマネではなく、身体を使って いきなりばぁ!みたいな。

出来れば知人に見られたくない姿だ。

タオはアホなようでいて天才なので、何故悪いのかしっかり理解する。
しかし、驚かせるタイミングを間違うと、理解せずに意地悪されたと受け取るので、
そのさじ加減がとっても難しい。夫よ、がんばれww


いやはや、彼と向き合うことは試行錯誤の連続だった。今もだけど…。
けれど彼は、なんとも面白く、心が自由。フリーダム!
憧れることも間々ある。

ごく最近、猫のご飯台をリフォームしていると、タオが真っ先に監督しに来た。
そこに夫が通りがかり、

「立っしょん監督に気をつけて」と言われた。
そう、彼は立派な立っしょん監督さんに成長した。フリーダム!
ちなみに1度も発情せずに去勢手術は済んでいる。



ひろとは当時、シニアのシの字も感じさせないピチピチ具合だったけれど、

疲労でクマができてきた。
松はあからさまに無視し続けている。

コレはワタシの力量不足で、猫たちに罪はない。

多頭飼いで学んできたのは、諦めの悪さと、ニンゲンによる少しのリーダシップ。
が、どーにもこーにも家のまとまり感が、崩れ落ちてしまった。

そんな時、天使が舞い降りてきたのです。

ちょいとのちほど、来週末に続きまーす

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夫とひろと 

2015/01/31
Sat. 06:28

わたくしと結婚すればもれなく、ひろとと松がついてきました。
そんなの当たり前すぎて、話し合いせずともペット可物件を探しましたっけ。

夫は動物と暮らしたことがありませんでした。
お世辞も言えないほど、触り方ひとつなっちゃなかった。

彼と暮らすにあたって私が求めたもの。
責任なく そこそこ可愛がってくれればヨカッタ。
だってわたしの飼い猫なのだから。


けど彼はごく当たり前に
彼らを理解しようと、懸命に飼い主になろうとしました。


それは勿論、わたしの大切な存在だからという前提と、
猫が「あー言ってるこー言ってる」という、わたしの注釈があったからだと思う。


けど今では、ヒトに猫の素晴らしさを語ってしまい、
私が絡んでるなどは関係なく、彼は猫を愛し、飼い主の自覚も合格点。
もしもワタシと君が他人で、君が猫をおくれと言ってきたら、
バンザイであげちゃうよ。




はっきり言ってひろとは、我が家の猫の中でイチバン華がない。
なんかこう、地味。
けれど、気が合うとか情愛深いとか、そんな条件的なモノとは別で、
ワタシの目に映る彼女はひたすらカワイイ。
コレってなんだろうか。うまく説明できない魅力。
ズキュンと心臓を撃ち抜く、衝撃の可愛さを振りまくんだ。



今までだって夫はワタシの想像以上に、ひろとを可愛がってきたけれど、
ワタシが「ひろとはおしっこしててもカワイイ!!」とか絶叫しているのを、
なんとも不思議そうに見ていた。


しかし、彼はついに、


ひろとの真の魅力に気付いてしまった。

ワタシがトルコ旅行から帰ると、
夫のひろとに対する態度は、私と同じになっていた。


彼女が、
少しでも寒そうにしていれば、たったか毛布をかけにいく。
ただうろうろしてるだけで、突発的にぐふふと笑みをこぼす。
文句ありげに見上げられれば、ひろとっておもしろいよねぇ♪と嬉しそう。
風呂場に入って行けば、ワタシを追い越し蛇口をひねりに行く。


あはははは
ざまーみろ!

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松育てその2 

2015/01/11
Sun. 06:00

昨日続きです。

人間側の都合で、それからの10年、幾度も引越ししました。
はっちゃけ女子とはいえ、少し落ち着いてきたひろとは中飼いが出来そうでしたが、

松はボス猫の風格を身につけ、難しく、しかも えーと。この写真はご近所の方の庭のボンネットの上で、その方が私に「松っちゃんうちの車で寝てたよ~♪」とくれた写真。とまぁ、ひたすら外を満喫していました。
白血エイズの知識を持っていた私は、毎日怖かったけれど、
外に出て楽しそうに過ごす2匹を、自分の都合で中飼いに切り替えることも身勝手だな、と考えていました。
最低限、不妊手術と白血を含むワクチン、首輪着用で飼っていました。
コレは過信でありますが、大通りで道を渡る松を目撃したことが何度もあります。
なんと!左右を見て渡ってました。松はただの野蛮猫ではなかった。

こればかりは今でも、理性では猫にとって外は危険がいっぱいだと解っていますが、のびのび自由を満喫する猫を知っている手前、太く短くも幸せなんでは....と葛藤があります。

イギリス人にそれは虐待だ!日本人は変だ!と言われたこともあったな。けど、清潔文化の日本では、猫を害虫とみなす人もいると説明しましたっけ。

タオとなっちゃんは絶対出さない。無理無理。知らないままでいてもらおう。
田舎でしたし、少しの時代性もありましたが、短くして3匹失っている私にとって、
10年以上も外に出ていて、ひろとと松が無事育ってくれたことは奇跡でした。感謝しきれません。


松はひろと以外の猫に対して、たいへん攻撃的でしたが、私が結婚する前住んでいたうちで、親友が出来ました。



犬の彼。

一緒に寝ていたそうで、頻繁にワンコ臭をさせて帰ってきまして、ひろとは松を避けて通ってました。
ユニークな子で散歩中行き会うと、私の手を甘噛みし引っ張り、家まで連れて行こうとしてました。高齢で、散歩の帰りは飼い主さんがおんぶしてましたっけ。ゴールデンだったそうですが、眠るように16歳で亡くなりました。それから松は、しばらくつまらなそうだったな。

猫は全員敵とみなしていましたが、一方で彼は人間が大好きだったため、近所のおばちゃん方のアイドルでした。
私が歩いていると、松がほっつき歩いていたらしく、
「松っちゃん!お茶飲んで行きなよっ」と日常的にごく普通に言われてましたww


ひろとと松の関係は、松の一方的な片思いという構図だったけれど、
適度な距離感があり、心地よいものに成長しました。

ひろとの泣き声も、随分減りました。
むぅ、多分永田の喪失感が和らいだんではないとおもふ。粗野な松の対応に忙しいから減ったような.....

何年経っても、私は頑なにひろとを優先しました。
松はひろとが好きだったけれど、隙あらばひろとを支配下におこうとする節がありました。
まぁ、結局のところ、単細胞の松にひろとが負けるはずもなく、ふたりできっちり、関係を築いていました。

わがままはっちゃけ娘だったひろと。
妹でいたかったひろと。
それは叶えてあげられなかったけれど、
松が深みある猫生を歩めてきたのは、君が永田の意思を受け継いだからだよ。

ひろとは松のお陰で大人になれた。
松はひろとのお陰で優しくなった。

私にとっても、ものすごく良かったなって思ってるよ。


そんなこんなで、ひろとと松は10年間、2人姉弟で暮らしてきました。

ひろとと松のお話はひとまずお終いです。
さて、タオとなっちゃんの話も一気に書こうと目論んでいましたが、息切れしてしまいました....面目ない。

明日からは日常の一コマとなりまーす!

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松育てその1 

2015/01/10
Sat. 06:00

昨日の続きです。

ひろとがブチ切れつつも、否応なしに松との生活がスタートしました。

私が決めてうちの子にしたのだから、なんとかまとまるよう、努力しました。
今考えれば、介入しすぎたところもあって....松に悪いことしたなと思います。

とにかく今まで以上に、ひろとをたてました。
ちなみに彼女は私がなんてった好きだったので、かなりの時間を私の服の中で過ごしていましたww
顔洗う時も、料理する時も。結構大変だったぞ。


ひろとは永田の言うことしかきかないわがまま娘でした。コレは私がきちんとしなかったせいで、
松にはビシッとしようと決めていました。

松がひろとに飛びかかったり、テーブルに乗るなど人間側がして欲しくないことをした時、
瞬時に大きな声を出して驚かせ、
5倍の時間をかけてクドクド厳しく説教しました。

ちとやり過ぎた感もあるのですが、コレは充分な手応えがあり、
松の野性味は少し落ち着き、徐々に分別を身につけ、
その手前には憧れのひろとという気持ちがあったので、大変正しく姉を敬うようになってきました。

あぁ、この構図。いまだに変わりません。


一方でひろとは、

松が来れば相手をせざる負えなかったけれど、自ら松を可愛がることはありませんでした。
悲痛に泣く日々も続いていました。



そんなある日。
ひろとを中外飼いにしてしまったので、自動的に松も中外でした。
子猫時代は人間が目の届く範囲でしか出しませんでした。
母が家にいた時、松は庭で遊んでおり、
縁側にいたひろとが

弾丸のような勢いで庭の先まで跳んでいったそうです。

何事かと驚いた母。
そこには他猫がおり、ひろとが間に割って入って、他猫を威嚇していたそうです。

当時の庭はたいへん広く、縁側から8mはありました。
ひろとは2歩くらいで跳んで行ったそうです。
はっきり言って、ひろとはケンカが弱い。
すごいねぇ、普段あんなにうっとおしい様子なのに、こんなにわがまま娘なのに、
守らなきゃって、思ったんだね。家族なんだね。
母は何度も何度も話してくれました。

妹気質でわがままだと思っていたひろとの、新たな一面でした。

そこにはきっちり、永田の意思を感じたのです。


明日に続く

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ひろとの兄 

2015/01/08
Thu. 06:00

みーちゃんを迎え、銀ちゃんを拾い、
銀ちゃんを見送り

その後みーちゃんが存命中でまだ元気な時に、
知人の田舎で猫が産まれたからもらってくれないか?という話が出ました。
すっかり2匹飼いの虜になっていた両親は二つ返事で了解しました。

母はなんでも受け入れる度量もあるのですが、選ぶのが辛いというより行くのが面倒な人で、
またしても父と向かいました。

確か5匹の兄弟。
そのうちの1匹に釘付けになりました。

その子について、大人たちは雑巾柄だとか、器量が悪く1番のお転婆で手がかかるだとか、良くは言いませんでした。

私は「あのハイエナ柄の子がいい」と言いました。
父は「トラ柄にしとけよ」と言いました。
その場にいた4・5人の大人たちは全員、父に賛成しました。
父は、もらわれなかった子はここで暮らせるんだよ、と私に説明しました。
思春期の私は、気後れし、従いました。

私は帰りの車で、一言も口をききませんでした。あの時の気持ちをよく覚えています。ハイエナの彼女は私には輝いて見えたのだけど、大人の多数決に屈っした悔しさ。けど、養育者は親だから従うしかないんだなーって。こういう苦虫はその時はイヤだけど、生きてて役に経ちますね。

うちの子にしてもらえなかった彼女は、サビ柄。
私はこの時から、サビ猫に少々思い入れがあります。
ま、柄じゃぁないんですけども。



うちの子になったトラ柄の彼。永田と名付けられました。
父がなぜか、もらったおうちの方の苗字をいただきましたww


子猫だった永田は、みーちゃんに迷惑をかけつつも、とてもうまくやっていました。
適度な距離感があるふたりでした。


彼は賢く、人間も大好きで、気のいい奴でした。
しかし、私はあくまでみーちゃん派でしたので、あまり永田と仲良くしませんでした。
彼は母とたいへん気が合い、ものすごく幸せそうでしたから。まぁ、みーちゃんも母と仲良しでしたけれど....片想い。


永田が成猫になる前に、みーちゃんは病に倒れ、亡くなりました。

それから4年間、永田はひとりっ子でした。
その間に、私は実家を出て、ひろとを買いました
その数ヶ月後、諸々の事情があり、私は実家で再び暮らすことになりました。
私は2度と実家に戻ることはないと思っていたので、不意打ちの出来事でした。


すでにひろとは1歳近かったですが、永田はすんなり、お転婆を超えて多動児のはっちゃけひろとを

父として、兄として、親友として、育ててくれました。


それから私たちは、引越しを繰り返すことになりました。
まず最初の引っ越し先。
ココは天国のような場所で....猫飼いばかりが住んでいるアパートでした。
住人が寄り集まって、ワクチン接種に獣医さんの往診を頼んでいました。
大抵の住人が、中外飼いでした。

完全室内飼いでやってきたのに....狭いアパートが不憫で、住猫も気のいい奴らばかりで、
ついに永田とひろとを中外飼いにしてしまいました。

社会性バッチリの永田は、よそのうちの猫を、じゃんじゃかうちに入れました。
我が家は永田のおかげ(?)で、近所の猫の溜まり場になりました。
彼は面倒見が良く、よその猫と感心するくらい上手くやっていました。

一方、ひろとは、永田だけが好きでした。
攻撃的とまではいかないけれど、永田以外の猫は、あからさまにキライと解る顔をしていました。

永田はもちろん、ひろとを1番可愛がっていました。
アレだけのヤンチャ娘を可愛がれた永田は、タイヘンな器のデカさだった!

いやねぇ、ちょっと床でゴロッとしてると、ひろとが駆けずり回り、お構いなしに後ろ足で顔を踏んで行く。
顔面流血したこともありましたっけ.....
ひろとは私の言うことより、永田に従っていました。


永田は、みーちゃん銀ちゃんに続き若くして、7歳で亡くなりました。
食欲が無くなり、慌てて病院に行き、私は仕事だったので母が行ってくれたのですが言われるままに一晩病院に預け、おそらく その夜中に亡くなったそうです。
朝の時点でわかっていたはずなのに、亡くなった連絡をもらったのは午後でした。
どんな危機があっても泣かない母ですが、その話になると今でも涙ぐみます。
永田は置いて行かないでって言ったのに、と。


そして冷たくなった永田を連れ帰った時の、ひろとの悲しい表情。忘れられません。

永田がいない生活が始まり、
ひろとは誰もいない部屋で、悲痛な声で泣くようになりました。


責任能力を持ちつつある大人の入り口にいた私は、永田の死を自分の所為だと思いました。
異変に早く気付けなかった。ごめん。


寛容な永田が見守る中、ひろとはのびのび育ちました。

彼女はこの上なく妹でした。


自分の悲しみよりもひろとが心配でした。
不思議なもので永田の死をもって、私もひろとも、少し大人になりました。

そして、永田が居ない空虚感は少し脇に置いて、ひろとがまた笑えるよう、新しい猫を積極的に探そうと思ったのです。

明日に続く

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2017-09