ネコロジーラボ

シニカルで愉快な猫族との関わりを綴ります

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うりきゅうりの卒業と、今後の保護活動 

2017/02/02
Thu. 00:02

みるくと母が帰る10日前の11月13日。

密かに(?)預かっていた保護猫、うりときゅうりが卒業しました。

2015年の初夏に預かり、1年半の保護生活を経て、
やっと掴んだご縁でした。


ふたりは、なっちゃんが具合が悪くなった時に、
ベテランスタッフ宅に移動させていただき、半年預かって貰っていましたが、
なっちゃんを見送り、妊娠が発覚し、ひろとさんを見送り、
私のキャパオーバーから保護猫の預かりを一時停止していましたが、
全スタッフ宅が満員御礼すぎて、
「出産前に決めてみせます」と豪語し、我が家に再度、戻して貰いました。

ポチたま会はあたたかいところなので、
妊娠が分かった時点で、アレもやるなコレもやるなと、注意が飛び、
えーと。ほぼクビ…?
いや。ヒマだからやらせてくれと言って、預からせていただきましたのです笑

まず、成猫2匹というのは、少しハードルが高い。
けど、離したらどちらかが死にそうだ!というほど、ふたりは仲が良かった。
更に、ふたりとも、人馴れ度60点。
そりゃー、1年以上決まらなくっても仕方がない。
今までもお話しだけは何度かありましたが、事情を説明すると流れてばかりでした。


例年、年内は子猫が居ます。
年が明けると、成猫主体の、私のいちばん好きなシーズンが到来します。
2月22日が出産予定日ですから、1月が勝負だと、綿密な計画(笑)を立てていました。


しかし…よりどりみどりの子猫が並ぶ中、
でっかいうりときゅうり(しかもブチ切れ気味)に目を留めてくださる、
猫初心者の天使里親さんが現れました。

1月!1月!と真っ直ぐに考えていた私の計画をイイ意味で裏切り、
まさかの11月。

すんごく嬉しかったです。


うりきゅうりは確か、野良猫にご飯あげていたら産んでしまって…
という一般の方からの依頼だったと記憶(曖昧!)しています。

産んでしまった、という話しはとにかく多い。
そりゃ、不妊手術してないなら産むってば。

でもさ、産まれてきて良かったよね。
生きてれば楽しいこと、いっぱいあるもんね。

なかなかご縁に恵まれなくって、苦労を強いたけど、

ヒトを使うのが上手い、猫らしい君たちのお世話ができて光栄だったよ。

いろいろやったね~。


猫砂の海とかさ…。
ね?産まれてきて良かったよね!


里親さん宅では、ご多聞にもれず、
保護宅に居るよりもずっと早いスピードで慣れているそうで、
慎重な彼らを、彼らのペースでゆったりみてくだるからこそなのですが、
毎日楽しいです、とご連絡いただいています。

寄り添えるヒトって…。
ベテランとか初心者は、関係ないんだって、本当に思います。


そして猫ってやっぱり。
飼い主を選ぶんだなぁ、と、実感するご縁でした。



これから私は、ヒトの子育てという未知の冒険が始まるので、一旦お休みに入りますが、
(あ、譲渡の可能性が低めであっても、くうちゃんとハナコは絶賛募集中です!)
どの程度キャパが余るか自分でも想像が出来ないのですけど、
保護活動は細々でも、続けていきたいと思っています。

だからどうか。
クビにしないで!!!

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愛しむチカラ。 

2016/02/03
Wed. 06:13

夫はわたしと結婚するまで、動物と暮らしたことがありませんでした。

独身の時、そんな彼に旅行中の猫お世話をお願いしたことがあります。
当時はひろとと松だけでした。
ややや。当時ひろとは8~9歳くらいだった~♪

お世話時、「留守番つまんないだろうなぁ」と猫らに心を配り、
遊んだり触ったりしたそうですが…

ふたりとも「そーじゃない」と、噛んだそうです 笑


結婚することになって、否応なしにひろとと松と暮らすことになり、
タオとなっちゃんを迎え、さらにわんさか保護猫も入居。


彼は私の応援団ではあったけど、猫が好きだったわけじゃない。
だから、猫に対しての想いが、私と同じ気持ちだったわけがない。


しかしまぁ。イロイロありましたけど、今では…、

ひろとに毛布かけてあげて!と私に命じ、
松と男同士の気楽な関係を築き、
タオには結構厳しく見えるんだけど、一番可愛がってるんだ…!、と主張し、
なっちゃんはぼくが育てたから~♪と嬉しそう 笑
くうちゃんにはシャーっと威嚇されながらも気さくに話しかける。

そして、私には気付けないような「保護猫の個性」に気付く。



「生き物を愛しむ気持ち」は、
持ち合わせていなかったはずの彼の中で、見事に芽吹いた。

それは「変化」というより、「育つ」に近いかもしれない。
いったん身についてしまうと、その想いは色んなカタチで現れ、
ちょっとしたやり方が違かったとしても、
何があっても大丈夫だ、という安心感がある。


目には見えないけれど私にとっては、そこいらの花よりも、ずっと美しい。




引っ越すので猫を返したいといヒトがいる。
こちらからすると、努力する余地があるように感じるけど、
当然の様に連れていけないと言う。
バチ当たるよ!!と思う。


一方で、海外移住でも連れて行くヒトがいる。
猫には苦労をかけるけれど、誰かに譲ることなんて出来ないと言う。
何があっても安心だ。心から応援する。



猫をお譲りする時、どの程度愛しむ気持ちがあるかをはかるのが、いちばん難しい。

自分の都合でしか物事を動かせないヒト。
毎度身勝手だなって呆れてしまうけれど、

そっか。
身勝手は結果であって、
愛しむ気持ちが湧かないんだな。

むうう。やっぱり判別が難しいなぁ。




余談ですが、夫は「(愛しむのは)ひろとに育ててもらったんだ~♪」と言う。
私だってそーだよ!!!(ついつい張り合う)

猫とちゃん向き合えば、猫が教えてくれるもんなのだ。

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猫好き? 

2016/01/28
Thu. 06:42

ぐちぐちが多くて申し訳ないのですが…
今日もお付き合いくださると嬉しいです。


保護活動は特殊な世界。
内容をイチから説明するとなると、結構な時間が必要です。
相手の立ち位置によって、説明の仕方を変えようという心構えだけはあるのですが…
正直、面倒なことも多々あります。

だからといって、適当に追い払っても、
何も建設的な話しが出来なかったということで、
どこか自分の知らないところで猫を手に入れるんだろうな…と不安に襲われる
厄介な性格なのですが、やっぱり説明する手間が面倒な時があるわけで、
先日、知人に、ななから猫もらおーと言われて、
ちょっと話しにならない飼い主なのを知っていたため、
あんたにはあげないよ!!の一言で終わらせようとして、
けど、その一蹴に知人だからこそ汲み取ってほしい何かがあった訳ですが、
ちゃんと説明してくれなきゃわからないよ!と、至極当然な返しをされました。
そりゃそーだ。ごめんなさい。

3年前は面倒がらずに説明出来たことが、今は出来ていない事実が明らかになった。

初心に帰らねば。



「猫助け」している、となると、「猫好き」と受け取られます。

私は保護活動をしてから特に、「猫好きなんだ~」と近づいてくるヒトが怖い。

私だって猫好きから入っている訳ですが、
今では好きを超えている部分もあって、好きだけで保護活動は続けられないけれど、
図々しいかもですが、間違いなく私と暮らせて幸せなひろと。
彼女の様な猫が増えるのが目的なのは、最初から変わらないのです。

おっと、やや脱線。

とにかく、「好き」の解釈って、イロイロあるんです。

先日、友人から聞いた話。

猫を拾って、知人が猫好きだからと譲ったところ、
猫の具合が悪いのに、トレッキング行くから預かって、と言われたそうで、
すったもんだの末、返して貰ったそうです。
その友人と私のテンションは似ているから、
えええ!心配で楽しめなくない!?行こうと思わないよね!

となる訳ですが、
行けるヒトは行くんですよね。


物として好きか、生き物として好きか、の違いなのかなぁ?
何が違うんだろうか。

好きの種類は厄介だ。



好きの想いをどうやって近付けていこうかなって、躓いてばかりで、
ヒトの気持ちに響く言葉を放てるかなんて、私には大層なことかもしれないけれど、
面倒がらずねちねちねばっこく、挑戦だけはしいていかないと、
自分のモヤモヤが晴れることは、きっと無い。

はぁ。でもすり減るなぁ。
でも、自分が病気になる手前までは、やってみよう。
と、確認するために書いてみました。

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誤解 

2016/01/19
Tue. 06:25

申し訳ありませんが、昨日に引き続き、ぐちぐちにお付き合いいただければ幸いです…。


ヒトに言われて、あぁそういう事か、と腑に落ちたのは最近ですが、
猫の保護活動は、世間的に趣味の世界、の様です。

確かにそうなんですけども…。

一部のメディアでは、社会問題として取り上げてもらえますが、
実生活においてはごく僅かで、カテゴリとしては「趣味」に入る事が多いです。


本質はヒトの仕業なんですけども、ね。

ヒトが少し知恵を絞って行動すれば、わりと簡単に解決するような気もするんですが、
猫の利益を守ろうとするヒトが少数派だから、
こういう現実があるのだな、と私は考えています。


でも、保護活動って
ある意味、やりたくてやっていることですが、
どちらかというと楽観的に出来ることでは無いんです。
本当はやりたくないんです。


見過ごせないから。
捨て置けないから。

ただただ、その想いだけです。



偉いですね、の言葉より欲しいのは、関心を持って欲しい。
というのが本音です。あぁ、下心丸出し。



よく、保護猫部屋があるから出来るんだよね、と言われます。

コレには大いに異論があります。
確かに家族構成が、大人の夫婦2人だけで身軽ですが、

建てたんだよ!自腹で!!!
行き場が無い猫の為に。


前の家は、あばら家の様な小さな家でした。
けれど、私も夫も、ミシン作業と音楽制作を諦めて、保護猫部屋を作りました。
保護猫を優先したのです。



これしか出来ないという線引きはみんな違うので、
保護部屋のないヒトを責めるつもりは全くありません。

しかし、こちらの都合を申し上げれば、
これくらい出来るかなというハードルを上げて、身を削っている私たちに、
「保護猫部屋があるから出来る」は、いささか無神経だと思います。



初めてお邪魔した保護の先輩のおうち。
足を踏み入れた途端の感想は、
いったい何匹、口のある生き物がいるんだ…という衝撃でした。

生まれつき歩けない犬。免疫疾患で毛がない犬。何ケージもある巨大な猫ケージ。
洒落いて新しそうだけど、ごく一般的なサイズの家。
しかし、清潔で整頓された家。
夫婦の部屋は、リリースできなかった猫たちの部屋になっていて、
歩けない犬やら猫ケージが並ぶリビングに、布団を敷いて夫婦が寝ているそうです。
ワルイ冗談が好きな彼女と私は、双方の家のギャグとしか思えない苦労話を、
ゲラゲラ笑い話にする事が間々あります。

エキセントリックかもしれない。

しかし私がそこで感じたのは、ご夫婦が寝室を使いたくない訳ない。
けれど、生きるから、と、部屋を犬猫にお裾分け出来る太っ腹度でした。

(って、感情に任せて彼女に無許可で記事を書いていますが、
太っ腹な彼女はきっと許してくれ、ますよね?ごめんなさい!!!)


彼女に何度か言った事がありますが、この位出来なくちゃいけないのかぁ、と
最初のお手本が彼女だったから、私は保護猫の為に身を削るのが容易でした。
と、エラソーに書いてみますが、いやいや。
彼女よりずっと怠け者で、愛猫優先主義の私は、全くもって覚悟が足りていません。

そんな働き者すぎる彼女ですが、家の前に捨てていかれたり…
生きるからいいのかもしれないけど、
捨てていくヒトの身勝手さには、呆れ果ててしまいます。




ボランティアの想いは一緒。



やりたい訳じゃない。

見過ごせないだけなんです。



特別な事ではないんです。

少しの想いと少しの行動で、誰にでも出来る事なんです。



だから、「かわいそう」だけ、言わないで。




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かわいそうの基準。 

2016/01/18
Mon. 06:27

今日は保護についての長い話しです。


譲渡会で、泣きながら募金箱にお金を入れてくださる方や、
こんな所にこんなケージで連れてこられてかわいそうだ、という方がいます。
一方で、コレで決まれば飼い猫として幸せになれるね!という方もいます。

我が家の保護猫をかわいそうだという方も、
こんな幸せなことはない!という方もいます。

我が家の事情を申せば、確実に格差があります。
飼い猫は、我がもの顔です。
保護猫は、遠慮があります。親を亡くして親戚の家に間借りしている感じ、かな。

だからこそ保護の子は、謙虚で世間を知っていて、特別ユニークで魅力ある子に育ちます。
コレは嬉しい副産物でしかありませんが、
正直言って…、我が家において、いちばん接しやすいのは保護猫出身なっちゃんです。
彼女は、世間を本当によく知っていて、周りに気を配れる、協調性のある子です。


保護猫は、私の中の線引きでしかありませんが、流れ行く者。
来た子を飼って、自身の飼えるキャパを超えてしまったら、
次に待っている猫を預かれなくなる。

保護中は我慢を強いることもあるけれど、
なんてったて英才教育を受けた保護猫たちは、
正直いえば、自身の愛猫よりも、
どこに出しても自慢の猫たちに育ってくれます。


ヒトの目に留まらず、壮絶な死を遂げる子もいる。


そんな子がいるのを知っているから、
保護猫には、そこそこのお世話で我慢して!と、
気持ちをあっさり切り替えることの出来る私は、冷血なのかもしれない。


けれど、数はこなせる。



私は自分の猫を、自分なりに愛してます。
だから、ごはんも、環境も、精神的ケアも、いろんな事を、彼らに尽くしたい。

けれど、一方で、ヒト知れず死んでいく子がいる。

死んでいく子と、うちの子はの差は、ほんの少しの運なのに、
寒さに震える子もたくさんいるのに、
ぬくぬく安全で、おなかいっぱいで、いいのかなぁって、罪悪感を覚えます。
あ、いえ。仕方がない事なのは理性ではわかってるけれど、感情は別になってしまう。

葛藤がないわけではないのです。


自分のやっている事を否定された悔しさは、
いやぁ、正直ちょっとは傷つきますが、わきに置けます。

けれど、保護猫をかわいそうと感じるのは、
ちょっと安直すぎるんじゃないかなって思います。



愛護センターで、殺されるのを待たざる終えない子たち。
ヒト知れず寒さに震え、死んでいく子たち。
虐待されて死んでいく子たち。
産めるだけ産まされて、放棄される繁殖動物。


保護の仕方で、揉める事は多いけれど…
ヒト同士が争うより前に、優先すべき事があるはずです。


自分の感性を至上とは思いません。

けれど、見たままだけでなく、裏側を感じる想像力。
自分の目線だけでなく、他の立場の目線に寄り添うチカラ。

行間を読む能力。


口きけぬ彼らと接するには、大事な事だと思います。


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2017-03

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